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milumo コラム集

メガネのバカヤロー


Vol.03 メガネ屋のおやじは偉大だ。

黒渕トオル
黒渕トオル

「生涯、黒縁メガネ。」と決めこむ、兼業フリーライター。眼鏡業界を、独自の視点で書き綴る。

近年、インターネットの急速な普及によって、様々な分野での「ネット販売」が一般化しつつある。店舗を構える事なく、販売員も必要ないネットショップでは、販売側にとっては費用や経費の面で大きなメリットがある。また、消費者にとっても、時間や天候を気にすることなく、都合良く買い物を楽しめるのは魅力的だ。


 しかしながら、メガネに関してはこのネット販売は、あまり一般的にはなっていない。最新のフレームの紹介や、眼鏡のイメージをウェブ上で提案したり、〔みるも〕のように“情報サービス”を提供する事はあっても、直接的に消費者へ配送し、販売するのには様々な問題がある。
 その一つとして、メガネには洋服の“サイズ”の様に、世間一般的に知られた“指標”みたいなものがわかりづらい事がある。加えて、フレームの形状や長さはメガネをかける人の骨格で良し悪しが判断される。つまり、「試着」の必要性が出てくるのだ。視力や乱視を補う補正も、その場での測定や細かな調製が必要不可欠であり、メガネのネット販売が一般化するにはもう少し時間がかかりそうだ。

やっぱりメガネは、メガネ屋で買うべきだ。

私が幼少期を過ごした20年程前、田舎町にもいわゆる「眼鏡店」があった。ガラスレンズのイメージからか、メガネは壊れやすく、貴重な物・・・“高級品”という印象が当時は根付いていた。当然の事ながら、メガネ屋のおやじはメガネに詳しい。

メガネ屋のおやじの言う通り買えば、問題ない。

視力測定用の興味深い器具が転がる店内で、“うんちく”を並べるメガネ屋のおやじは、妙に格好良く見えたものだ。村祭りではちまきをしている姿は、どう見ても八百屋のおやじと同じ部類だが、「高級品を売っている」ってだけで、どこか一目置かれてしまうのは不思議なものだ。

「◯◯時計・眼鏡店」

当時はこんな看板をよく目にした。時計だけでは無い、宝石も一緒に売っている店も少なくなかった。現在でも商店街でよく見かける光景ではあるが、この組合せも“メガネ屋のおやじ”の存在感を高める要因の一つになっているのではないかと考えられる。

そもそも何でこんな売り方をしているのか?

全国には様々な「時計宝飾眼鏡」に関する“組合”が存在する。私の同級生に、やはり「時計眼鏡店」の息子がいるのだが、彼になぜそのような売り方をしているのか聞くと「組合いだからじゃない?」そんな返事が返って来た。

 

“組合”の中では様々な認定制度や、技術に関する意見交換が行われ、“組合”に加盟している店は、ある程度顧客からの信頼を得る事が出来る、とその存在感を想像する。“貴金属”の枠組みで見た場合、眼鏡のフレームも、ジュエリーも、時計の精密部品も、同様の取り扱いや知識が必要となり、このような“組合”が出来たのではないだろうか。


 眼鏡や時計のネジは、すごく小さくて家庭用の工具では回す事が出来ない。手先の器用なメガネ屋のおやじが、時計を売り始じめても当時は何の違和感も無かったのかもしれない。

値切っても、おやじはまけてくれない。

これだけ“低価格化”がメガネ業界で進むと、宝飾品として確かな品質ではあるが、数万円のメガネを、おやじから買うのも気が引けてくる。この単価の高さと常連客が店を成り立たせているとしたら、この店で値切るのもナンセンスだ。

 では、現代のメガネ店で良質なメガネを購入する場合、どのような点に気を付ければ良いのか?その答えは簡単である。

良い店員がいる店で買う。

価格に関しては、レンズとフレーム代込みの値段で大手各社で、そこまで大きな差は無いと言えそうだ。(これはあくまでも消費者である私の実感)5000円を下回る値段設定をしている店もあるが、品質やサービスを比較する上では、別として考えたい。大きな差が出るとしたら、それは各店の対応やサービスといった付加価値であり、店員とのやり取りが多いメガネの購入では、自分に適したメガネをスムーズに選ぶ上で、“良い店員”に出会えるかは重要である。


 “良い店員”というのは、難しい表現ではあるが、ただ単に“知識”に長けているだけでは良い店員とは言えないだろう。“接客”という、販売の技量も兼ね備えた店員が望ましい。実際、メガネを購入するまでのやり取りは、想像以上に沢山ある。フレームの選択からレンズ選び、視力の細かな測定や、試着しての調整など・・。この間、客が納得しつつ、テンポ良く作業が進んで行くかどうかは、店員の力量が大きく反映されるのは間違い無いのだ。

「ワタシも同じフレーム持ってるんです♪」

こんな事を言ってくる店員がいる店では、買わない方が良い。

 洋服じゃあるまいし。

顔の大きさも輪郭も、目や鼻の大きさも違う人間が同じフレームのメガネをかけた所で似合うという保障は無い。そもそも、フレームを買いに来ているのではなく、メガネを買いに来ているのだ。そんな店員に限って、レンズの入っていない「ダテ眼鏡」をかけている。“メガネ屋の店員は、メガネをかけている。”そんな浅はかなイメージを持って接客しているとしたら、実に未熟な店員だ。

良い店には”忍者”がいる。

これは持論であるが、私が考える“理想のメガネ屋店員”というものが明確な理想として存在する。
 メガネを買う時は、やはりフレームを試着する所から始まる。比較的空いているメガネ店の独特の雰囲気の中で、接客されるのがあまり好きではない私は、邪魔されず、ゆっくり選びたい。
 ここで、「お似合いですね。」などと横槍を入れられると、何とも不快な気分になってしまうのだ。
 洋服屋の店員にも通じる事であるが、話しかけるタイミングや立ち回りが、ごく自然で、存在感が、良い意味で無い・・まるで“忍者”の様な店員が私の理想だ。

 鏡を前にフレームを試着し、少し悩んでいると・・「フレームはお顔の幅くらいのものが一般的です。」などと、さりげなく情報をくれたり。次のフレームを手にとって鏡に向かうと、瞬時に視野から外れ、邪魔をしない。あの、メガネ屋のおやじの様にメガネを知り尽くし、最適なメガネへと自然な流れで誘ってくれる様な、そんな店員に巡り合えたら最高だ。

メガネは総合サービスである。

メガネ屋のおやじは、「壊れたら見てやるからいつでも持って来い。」そんな、半永久的保証サービスを軽々と口にする。この町で暮らす限り、おやじの寿命が続く限り、メンテナンスは保証され、壊れたらまたこの店で新しいメガネを買う事になるだろう。

 

 これこそが「メガネを買う」という事なのだ。

 

 メガネはメンテナンスを含めた“総合サービス”であり、人との繋がりによって品質が保たれる、実に人間臭い商品だと私は思う。


 もちろん利益を追求して行く上では、これらの“付加価値”は除外せざるを得ない。安いメガネを“売り捨て”のような形で販売する企業が増えていったとしたら、メガネは修理する前に、捨てられ、次のメガネが購入されるだろう。しかし、そこには、メガネに対する“愛情”は感じられない。

 当たり前のようにメガネ屋のおやじがやっていたサービスが今、消えつつある。インターネットの普及によって、今後マーケットは拡大し、更なるメガネ業界の発展や、メガネ自体の品質の改善が期待される一方で、“メガネ愛”を持って販売する店が、今後もしっかり残ってくれる事を祈りたい。